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東京地方裁判所 昭和24年(ワ)5030号 判決

原告 坂口喜作

被告 戸枝重吉

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し別紙目録<省略>記載の建物より退去して同目録記載の土地を明渡さねばならぬ、訴訟費用は被告の負担とする」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として次の通り述べた。

原告はその所有にかかる別紙目録記載の土地(以下本件土地という)を昭和二十四年六月十四日訴外辻栄に対し、賃料一坪一ケ月につき五円毎月末持参払、期間二十年、木造建物の所有を目的とする約定で賃貸し、同時に若し賃借人が賃料の支払を滞るときは賃貸人である原告は催告を要しないで直ちに賃貸借契約を解除できる旨を特約した。辻は右賃借地上に別紙目録記載の建物(以下本件建物という)を所有しているのであるが、同人は本件土地賃借以来一回も賃料を支払わないので原告は辻に対し昭和二十四年十一月三日到達の書面で同年六月末日より十月末日迄の延滞賃料計二百四十三円二十銭を書面到達の日から七日間内に支払の催告及び不払の場合における賃貸借契約解除の意思表示を為したのに拘らず辻は依然これが支払をしないので原告と辻間の本件土地賃貸借は同年十一月十日の経過と共に解除により終了した。そこで辻は本件建物を收去してその敷地である本件土地を原告に明渡す義務があるのであるが、右家屋には現に被告が居住し原告に対抗しうべき何等の権原なくしてその敷地である本件土地を不法に占拠しているので被告に対し請求の趣旨記載のような判決を求めるものである。と。

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として次の通り述べた。

被告が原告主張の本件建物に居住していること、その敷地である本件土地が原告の所有であることは争わないがその余の原告主張事実はこれを争う。本件家屋は元訴外杉井千恵の所有であつて被告は大正十四年中同訴外人からこれを賃料一ケ月金五十円の約で期間の定めなく賃借していたところ、昭和二十三年五月頃原告は右訴外人より本件建物を買受け、同時に被告に対し無断転貸を理由に建物明渡請求訴訟を提起して来た。(当庁昭和二十三年(ワ)第一四四〇号事件)ところが、原告は右訴訟において、建物の賃借人を本件被告の長男である戸枝栄一であるとし、同人を被告として提起した為栄一より、自己が賃借人でないことを主張し応訴した。原告は調査の結果、その事実判明し勝訴の見込ないことを覚知し、右訴訟は昭和二十四年四月頃休止満了にして了つた。しかしながら原告は依然本件家屋明渡の野望を捨てず次のような苦肉の策に出て来たのである。すなわち、原告は自己が代表取締役として実権を有している銀座食品株式会社の取締役辻栄と合意の上同人に対し本件家屋を売渡し、昭和二十四年四月二十二日その所有権移転登記を了した上同人に対しその敷地である本件土地につき賃貸借契約を締結したように仮装し、次いで同人をしてその地代を滞納させた上原告より同人に対し原告主張のような地代支払の催告及びその不払を条件とする契約解除の意思表示を為しこれにより原告と辻栄間の本件土地賃貸借契約は解除せられたと主張し建物の居住者である被告に対し本訴を提起して来たのである。以上のように原告と辻栄間の前記建物の売買その敷地である本件土地の賃貸借及びその解除は何れも右両名が相通してなした虚偽表示であつて法律上無効であるばかりでなく、このように単に被告を本件家屋より追出す手段として右両名が馴合いの上本訴を提起するが如きことは権利の濫用として到底許されるべきことではない。よつて原告の本訴請求は失当である。と。

原告訴訟代理人は被告の抗弁に対し、当庁昭和二十三年(ワ)第一四四〇号事件が休止満了により取下げとなつたこと、原告が銀座食品株式会社の代表取締役副社長、辻栄が昭和二十五年六月三十日迄同会社の代表取締役であつたことは認めるがその余の抗弁事実は否認する。なお、被告は昭和二十五年二月四日の本件口頭弁論期日において、辻栄が本件家屋を所有することを認めると答弁しながらその后の期日に至りこの事実を争うようになつたのは自白の取消であつて許されるべきものではないから右答弁の訂正には異議があると述べ、

被告訴訟代理人は、辻栄が本件家屋を所有することを認める旨の被告の答弁は、真実に反し且錯誤に基いてなしたものであるから右答弁の訂正は許さるべきものであると述べた。

三、理  由

第一、本件土地が原告の所有であること、同地上にある本件建物に被告が居住していることは当事者間に争がない。

第二、成立に争のない甲第二ないし第五号証によると、本件建物は、訴外辻栄の所有として家屋台帳に登載せられていること、原告は昭和二十四年六月十四日右辻との間に本件建物の敷地である本件土地につき原告主張のような約定の賃貸借契約を締結しその旨の公正証書を作成したこと、原告が同年十一月四日辻に到達した内容証明郵便でその主張のような本件土地賃料の催告とその不払を条件とする土地賃貸借契約解除の意思表示をなしたことがそれぞれ認められる。

第三、被告は、本件建物は昭和二十三年五月頃原告が訴外杉井千恵より買受け現にこれを所有するものであつて、その后になされた原告と辻栄間の本件建物の売買、本件土地の賃貸借及び原告より辻に対する土地賃貸借解除の意思表示等はいずれも本件建物の真の所有者である原告が同建物より被告を立退かす方便として右両名が相通じてなした虚偽の意思表示であると抗弁するのでこの点について判断する。

(一)  成立に争のない乙第一号証及び証人戸枝コウ、辻栄の証言、原告本人の訊問の結果を綜合すると次の事実が認められる。

(イ)  本件土地及び建物は元訴外杉井千恵の所有であつて、被告は大正十四年頃同人より同建物を賃借し爾来これに居住していること。

(ロ)  原告は昭和二十三年五月頃杉井より本件土地建物を買受け被告に対する建物の賃貸人としての地位を承継したこと。

(ハ)  原告は自己が副社長をしている銀座食品株式会社の店員等の住居にする目的を以て本件建物を買受けたので買受後間もなく賃借人である被告に対し明渡しを要求し遂に明渡訴訟を提起したこと(この訴訟が当庁昭和二十三年(ワ)第一四四〇号事件で、その后いわゆる休止満了により取下げになつたことは本件当事者間に争がない。)

(ニ)  その后、昭和二十四年五、六月頃原告は本件建物を辻栄に代金六万五千円で売渡す契約をし当時所有権移転登記手続をすませたこと。

(ホ)  次で、同年六月十四日前認定の通り原告と辻間に本件建物の敷地である本件土地につき賃貸借の公正証書を作成したのであるが、辻は最初より約定の地代を一回も支払わないので原告より同人に対し前記地代支払の催告及び条件附契約解除の意思表示をしたこと。

(ヘ)  昭和二十三年十月銀座食品株式会社の設立以来原告はその副社長代表取締役、辻は昭和二十五年六月三十日迄同会社の取締役であつて右両名は職業上相当密接な関係にあつたであろうこと。

(ト)  辻が本件建物を買受けたという昭和二十四年六月以后同人より被告に対し建物賃料の請求ないし明渡の請求をしたような形跡の存しないこと。

更に本件記録から次の事実が明らかである。

(チ)  原告は本訴を提起するにあたり本件被告と右辻栄を共同被告とし、辻に対しては本件建物の收去、土地明渡を求めていたのであるが、辻は昭和二十四年十二月十日の第一回口頭弁論期日以来昭和二十五年二月四日、三月九日の各口頭弁論期日には不出頭、同年四月十三日、五月二十三日、七月一日の各口頭弁論期日には不呼出、同年九月十六日の同期日には出頭したけれども弁論をすることなく職権延期となり次で同年十一月二日の同期日に出頭の上原告の請求を全部認諾したこと。

(二)  以上認定の(イ)ないし(チ)の事実を基礎として被告の抗弁の当否を考えてみる。

辻栄が、もし真に本件建物を自己の所有とする意思を以て前記の代金にて買受け、その建物所有の為に原告と本件土地の賃貸借契約を結んだものであれば、その建物の代金額に比して極めて僅少の額に過ぎない月額六拾円五拾五銭(坪当り月五円、十二坪一合一勺分)の地代の支払を契約の当初より遅滞するというようなことは現在の経済事情の下においては異例のことというべく、殊に原告よりの建物收去、土地明渡請求訴訟に対しても、これという権利擁護の措置に出でることなく全面的に請求の認諾をして了つた前段認定の訴訟の経過を併せ考えるときは、辻栄のこれら一連の行動は、何等かの特殊事情のない限り通常人が自己の所有建物に対しとるべき措置とは到底考えられないのである。ところがこの点に関し当裁判所の納得できるような特殊事情の存することは証人辻栄の証言及び原告本人の訊問の結果からは一つも認められないのである。しかのみならず前段(ロ)(ハ)(ヘ)(ト)において認定した通り、原告がさきに本件建物を買受けた事実とその目的買受直后被告に対し明渡訴訟を提起したこと、原告と辻との職業上の特殊関係、辻より被告に対する賃料の支払ないし明渡の請求がなされた形跡の存しないこと等をも右事実と併せ考えるときは、原告と辻との間になされた本件建物の売買及び本件土地の賃貸借は、それが当事者の真意に出でたものとは到底認め難く、むしろ、被告の主張するように、原告が被告に対する本件建物の明渡請求を急ぐの余りその一方便として辻栄と馴合の上両者相通じてなした虚偽の意思表示であると認定するのが相当であつて、原告の全立証によるもこの認定を覆すだけの反証を見出しえない。従つて、原告と辻間の右売買及び賃貸借はいずれも法律上無効であるという外はない。

第四、なお、原告は被告の自白の撒回に対し異議を述べているけれども前認定の通り原告と辻間の本件建物の売買が無効である以上辻が本件建物の所有者となるいわれはなく従つてその所有者なることを認める旨の被告の答弁は事実に反する自白というべく且被告が錯誤によりかかる答弁をしたものであることは本件弁論の全趣旨に徴しこれを窺うことができるから后日に至り被告がその答弁を訂正することは許されるものというべく原告の右異議は理由がない。

第五、以上説明の通り原告と辻栄間の本件建物の売買が法律上無効である以上、原告は依然同建物の所有者として被告との間に建物の賃貸借関係が存続しているものと認むべく被告は同建物の賃借人としてその敷地である原告所有の本件土地を占有しうべき正当の権限を有するものというべきであるから、その不法占有者なることを原因とする原告の本訴請求は理由ないものとして棄却を免れない。よつて訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 岸上康夫)

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